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名古屋高等裁判所 平成12年(ネ)246号 判決

控訴人(原告) 破産者a建設株式会社破産管財人 X

被控訴人(被告) 豊田信用金庫

右代表者代表理事 A

右訴訟代理人弁護士 樋口明

被控訴人(被告) 東日本建設業保証株式会社

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 樋口俊二

同 五百田俊治

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人豊田信用金庫(以下「被控訴人金庫」という。)は、控訴人に対し、562万0,329円及びこれに対する平成10年11月5日から支払い済まで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人東日本建設業保証株式会社(以下「被控訴人会社」という。)は、控訴人に対し、被控訴人金庫稲武支店におけるa建設株式会社名義の普通預金口座(口座番号〈省略〉)の預金について、控訴人が債権者であること及び被控訴人会社の質権その他の担保権が存在しないことを確認する。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  当事者の主張は原判決の「事実」欄の「第二 当事者双方の主張」(原判決3頁末行冒頭から同15頁11行目末尾まで)のとおりであるから、これを引用する。

第三当裁判所の判断

一  前提事実

1  被控訴人会社は、公共工事の前払金保証事業に関する法律(昭和27年6月12日法律第184号、以下「法」という。)による前払金保証事業を営むことを主たる目的として、昭和27年10月27日に設立され、建設大臣の登録を受け(法5条)、予め同大臣の承認を得た前払金保証約款(法12条)に基づいて保証事業を継続してきた。

2  法2条は、「前払金の保証」とは、公共工事に関してその発注者が前金払をする場合において、請負者から保証料を受け取り、当該請負者が債務を履行しないために発注者がその公共工事の請負契約を解除したときに、前金払をした額(出来形払をしたときは、その金額を加えた額)から当該公共工事の既済部分に対する代価に相当する額を控除した額(前金払をした額に出来形払をした額を加えた場合においては、前金払をした額を限度とする。)の支払を当該請負者に代って引き受けること(以下「保証契約」という。)、又同27条は、保証事業会社は、保証契約の締結を条件として、発注者が請負者に前払金を支払った場合においては、当該請負者が前払金を適正に当該公共工事に使用しているか否かについて、厳正な監査を行わなければならないと定めている。

3  破産会社は、訴外愛知県との間で、平成10年3月27日、発注者訴外愛知県、請負者破産会社、平成9年度国庫債務負担行為、水源森林総合整備事業第2号工事に関する請負契約を締結した(甲11の1、以下「本件請負契約」という。)。請負契約書添付の愛知県公共工事請負契約約款(甲10)には、昭和27年11月1日、前払金の実施に関する建設事務次官通知の指導に従って、前払金の額は請負代金の10分の4の範囲とすること、前払金の支払を受けるためには、法に基づいて締結された保証契約を要し、この保証証書を発注者に寄託せねばならぬこと(第36条)、前払金の使途は、当該工事の材料費、労務費、機械器具の賃借料、機械購入費(この工事において償却される割合に相当する額に限る。)、動力費、支払運賃、修繕費、仮説費、労働者災害補償保険料及び保証料を必要経費とし、この必要経費以外の支払いに充ててはならないこと(37条)が掲げられている。

そうして請負者の責に帰すべき事由によって、工期に完成できない時又は工期経過後相当な期間内に工事を完成する見込のない時には、請負契約は解除され(43条1項2号)、前払金から出来高部分に相応する請負代金額を控除してなお余剰がある時は、請負者は、その余剰額を発注者に返還しなければならないこと(46条1項ないし4項)等が定められている。

4  本件請負契約に際して、破産会社は、被控訴人会社に対して前払金保証を依頼し、平成10年4月2日、被控訴人会社の「東日本建設業保証株式会社前払金保証約款」(甲13)に基づいて、工事名 本件請負契約、保証金額1,696万8,000円、保証期限 平成10年10月30日、預託金融機関被控訴人金庫稲武支店とする保証契約を締結した(甲15)。

被控訴人会社の「東日本建設業保証株式会社前払金保証約款」(以下「本件保証約款」という。)には、①保証契約が成立し、保証契約者である請負者が、被保証者である発注者から、公共工事の前払金を受領したときは、被控訴人会社が予め業務委託契約を締結している金融機関の内から請負者が選択した金融機関に別口普通預金口座として預け入れねばならぬこと、②被控訴人会社は、前払金の使途について、請負者に対して資料提出請求権、工事現場等調査権があること、③適正に使用されていないと認められる時には、預託金融機関に対して、前記別口普通預金の払いもどしの中止その他の処置を依頼できること(15条)、被控訴人会社は被保証者に保証金を支払った時には、その支払った保証金を限度として、請負者に求償権を取得し、又求償権を行使する右金額を限度として、被保証者が請負者に対して有する権利を代位取得する(16条)旨定められている。

破産会社と被控訴人会社の保証契約もこの約款を前提にして締結された。

5  被控訴人会社は被控訴人金庫との間で、昭和41年9月8日、業務委託契約を締結している(甲14)。右は、被控訴人会社の保証契約に基づき請負者が被控訴人金庫に預託した前払金の適正な払出に関する管理及び使途の監査の委任契約(1条)であるが、契約内容の骨子は、前記約款に定められたように、前払金は前払金保証契約1件1口座として別口普通預金とすること(2条)、被控訴人金庫は請負者から預託金の使途内訳及び証明資料を添えて預託金の請求を受けたときには、予め被控訴人会社から送付を受けていた前払金の使途内訳明細書と付合する時には、請求金額を払い出すこと(3条)、被控訴人会社は必要に応じて、被控訴人金庫に対して預託金の使途に関する監査の代行を委託することができること(7条)、本業務委託契約の当事者の一方に契約違反がある時はいつでも契約解除、又は一定の期間の停止ができるけれども、かかる場合でも被控訴人金庫は委託業務の残務が終結するまでは本業務委託契約の責を免れない(10条)というものである。

6  以上の事実を含め、請求原因1ないし3(五)(5)の事実が認められる(ただし、被控訴人金庫との間において、請求原因3の(二)及び同(五)の事実については【甲6、1の1、16、17】による。その余の事実は当事者間に争いがない。)。

二  判断

1  右認定のとおり、破産会社は、訴外愛知県と平成10年3月27日、本件請負契約を締結したが、同契約に基づく前払金の支払いを訴外愛知県から受けるについて、被控訴人会社との間に保証契約を締結し、預託金融機関は被控訴人金庫(稲武支店)とし、訴外愛知県から本件預金口座に1,696万8,000円の振込を受けて預金したところ、本件保証約款及びこれを前提とする本件業務委託契約によれば、(1)破産会社は被控訴人金庫に本件預金口座を有しているとはいえ、その払出については、被控訴人会社から前払金の払出に関する管理、使途の監査の業務委託を受けた被控訴人金庫から払出について厳重に用途を規制され、かつ被控訴人会社から直接、間接的に支払いの中止にまで及ぶ監査をされていること、(2)保証債務を被控訴人会社が履行した時には、同被控訴人は破産会社に求償権を有することは勿論、発注者である訴外愛知県に代位すること、(3)被控訴人会社と被控訴人金庫間の業務委託契約が解除される事態が生じても、被控訴人金庫は委託業務の残務が終結するまでは、契約に基づく責を免れることはできないから、右預金に際して、破産会社と被控訴人金庫との間に信用金庫取引約定があったとしても、金融機関が有する相殺権の行使などする余地もないことを総合判断すれば、被控訴人会社は、自己の保証債務の履行の確保のため、右預金債権を指名債権質又はこれに類似する担保として破産会社から取得し、又破産会社は、前記本件保証約款、愛知県公共工事請負約款の内容を承諾して本件保証契約を締結したとみるべきであるから、右預金債権が前記のような拘束を受けるものであることを承知していたものと認められ、これを右同様の担保に提供する合意があったものと認定するのが相当である。

そうして、第三債務者である被控訴人金庫に対する対抗要件については、業務委託契約を締結した際、被控訴人金庫は右契約の対象となる預金債権に対する払出の制限、払出中止依頼権等の、被控訴人会社の支配権を事前に承諾したものと認められるから、前記預金債権成立の際、あらためて通知、承諾の形式をふむまでの要はないと解するのが相当である。更に第三者に対する対抗要件については、そもそも公共工事の前払金について法に基づき設立を登録された保証会社が、同様に法に基づき大臣の承認を受けた約款を基にして保証契約を締結し、保証契約書の寄託を条件に公共工事の発注者が前払金を支払う仕組みに照らせば、本件預金債権の成立(前払金が支払われた日)と同時に対第三者対抗要件を備えたものと認定するのが相当である。

したがって、本件前払金は、残金562万0,329円の残額があるとしても、既に本件請負契約の解除によって被控訴人会社が代位弁済した結果、右は被控訴人会社が別除権を有しているものと解するのが相当である。

2  右に対し、控訴人は、本件預金(請求原因3(二)の金562万0,329円)に対する被控訴人会社の質権その他の担保権、ないし取戻権を否定し、本件預金が破産会社の責任財産を構成し法定財団に属する旨主張する。

しかし、本件における預金債権は、右のとおり被控訴人会社の厳重な管理、支配を受け、破産会社においてこれを処分する権利がなく、被控訴人金庫も業務委託契約で許される場合以外の預金払出行為ができないのであるから、破産会社の一般債権者は、請負工事の出来高超過により残余金が生じた場合などを除くほか、本件預金を破産会社の責任財産と期待し得るがごとき立場にはなかったというべきである。又、弁論の全趣旨によれば、被控訴人金庫は、破産会社に対し、1億8,000万円余りの貸金債権を有すると認められるところ、仮に、控訴人主張のように、本件預金が被控訴人会社の別除権や取戻権の対象とならないとすれば、本件事案の下では、被控訴人金庫が、本件預金につき、破産会社に対し支払停止以前から負担する預金債務として、右貸金債権との間で対当額で相殺ができる筈であるから、結局、本件預金は、これが被控訴人会社の別除権や取戻権の対象となるか否かにかかわらず、破産会社の法定財団に帰属する結果にはならないということができる。

結局、控訴人の右主張は、本件預金に対する一般債権者の地位からみて過大な主張であるとともに、一方で、被控訴人金庫が本件預金に対する被控訴人会社の支配権能を肯定して相殺の主張をしないことを前提としながら、他方で、右支配権能を否定して破産財団への帰属を求めるものであって、一貫性がなく、俄に是認することはできない。

三  よって、右と結論を一にする原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので棄却することとして、民訴法67条1項、61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笹本淳子 裁判官 鏑木重明 戸田久)

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